レストランで演奏したときに、お客様からご質問がありました。
「演奏のときに緊張はされないのですか?」
「あー・・・・緊張ですか・・・?」
「しない?」
「ついぞしていませんねえ」
「どうしたら緊張しないようになりますか?」
「ええー!?」
お尋ねすると、大事な会議のときに緊張して声が震えてしまうとのこと。ううむ、そうですか、私だったら・・・
「こんな眼鏡美人の震え声が聞けたら心の中でガッツポーズします」
「私の質問、聞いてました!?」
「きっとおじさまのファンがいっぱいついてますよ、本人が知らないだけですって、だからそのままでいてください」
「いえいえ、私が困るから直したいんですって」
「うーん、そうですか? 残念だなあ。緊張しないようにですか、そうですね、ちんすこうでも投げつけてやったらどうですか、あとギター破壊とか。私はライブで時々やりますけど、緊張もなにもかも吹っ飛びますよ。」
「それ何の解決にもなってませんよね」
恐れはそのままにして・・・
森田療法の本によると、「恐れはそのままにして、あるがままを受け入れる」のが良いそうです。己の意識を緊張している自分にばかり向けるともっと緊張してしまうので、緊張は緊張させたままにしておいて、人の目や評価にばかり目を向けず、自分のやりたいことに意識を向けるとよい、ということですね。
演奏にあてはめると、曲に没入すればよいということになります。
「あれを間違えないように、これを間違えないように…」
「知り合いが最前列に座っているな」
等々考えると緊張してしまうので、曲をより良く弾く方に意識を集中させればよいのです。曲の美しさに入り込むとでもいいましょうか……
逆に言うと、いつも間違える状態で人前で弾くのならば緊張して当たり前ということです。間違えないだろうかと、そちらばかり気になってしまいますからね。なので、緊張しないためにはひと通りちゃんと弾ける状態であることが前提です。
さらに具体的な方法としては、人前で弾く曲は自分の実力を100%出し切る必要のある難易度の高い曲は避けて、70%くらいの難易度の曲にします。難易度の高い曲で仕上がり70%より、そこそこの難易度で仕上がり100%の曲の方が曲に没入しやすいからです。
そこそこの難易度の曲で、「曲をより良く弾く方に意識を集中」する。
レッスンでよくみられる姿としては、「そこ間違えているので直してね」と言われた後の演奏は間違えやすいけれど、「ここはクレッシェンドして先のフレーズよりも盛り上げるように」なんて言われた後は間違えない、という姿があります。
「より良くしよう」という気持ちが「間違えてはいけない」と萎縮する気持ちを上回っているからなのだと思います。
ある程度緊張はするものと心得ておく
冒頭でわたしは「ついぞ緊張したことがない」と語っていましたが、「緊張して演奏に集中できないという状態にはここ最近なったことがない」という意味で、全く平気というわけではありません。
前日に緊張していたり、前日も当日も緊張しなかったのに何故か翌日にお腹を壊したこともあります。
演奏の最終目標は緊張しないことではなく、よい演奏をすることです。
緊張しながらでもよい演奏ができるなら、緊張していても構わないのです。
イメージトレーニングが有効
あとはこの手の話のときには必ず言われる「慣れ」というものがあります。気を付けたいのは「すごく緊張して、また間違えた」という経験を重ねてしまうことです。これでは何度やっても「慣れて緊張しなくなった」という状態にはなりません。
「やっぱり緊張したけど、まあまあうまくいった」という経験を重ねていく必要があります。上に書いたことを守って場数を踏んでいきましょう。
そして実体験と同様(もしかしたらそれ以上かも)に効果が高いのがイメージトレーニングです。
方法は簡単です。自宅練習の仕上げで人前で弾いているところを想像しながら弾くのです。弾く予定の場所があればそこをイメージするとよいですし、何の予定もないときは思い切って大ホールで弾いている姿を想像しながら弾くのもありですよ。
ものすごく緊張してしまう方は、まずは 緊張しながらもうまく弾けている自分、相手に満足してもらえている演奏をしている自分をまずは思い描くとよいです。
イメージトレーニングにもコツがあります。目を閉じたほうがうまくいきます。そのためには楽譜を覚えきった状態まで仕上げておく必要がありますね。
もう一度言いますが、大事なのはよい演奏をすることです。
演奏の最終目標は緊張しないことではなく、よい演奏をすることです。
緊張しながらでもよい演奏ができるなら、緊張したままで構わないのです。
「どうしたら聞いている人が喜ぶだろうか」という視点が、人前で演奏する上で一番大事ですし、これがつまり「より良くしよう」という意識につながります。「間違えたらどうしよう」という次元を飛び越えて「より良い演奏をしよう」というところまで行けたら、ひどく緊張することはなくなっているでしょう。