レッスン室で演奏中に自分の演奏を客観的に聴けていないのではないかと思われる事例に当たることはかなりあります。
「え? どこか違ってましたか?」
「自分では弾けていると思うんですけど。」
「家では弾けてました。」
こんな台詞を言ったことはありませんか。あと、
元の曲のテンポじゃないと弾けない
(テンポを落として鳴らしたメトロノームに合わせて弾くことができない)
なんてことはありませんか。このような方はよく
「自分で弾いてものがこれでいいのか、合っているのかどうかが分からない」
とおっしゃいます。つまり、確信を持って弾くことができていないのですね。
今回の記事はこれらに該当する方に向けた記事です。
自分の演奏を客観的に聴けていない、では何を聴いているのか?
自分が弾いていると思っている演奏と実際の演奏が違うのならば、演奏中には何を聴いているのでしょうか?
講師として非常に気になりましたので、図書館に行って脳のはたらきの本やら音楽の指導書やら読んでみました。インターネットでも探してみましたが、客観的に聴けないときに脳内ではどうなっているのかの答えは得られませんでした。
音楽に限らずですが、成功した事例についての本はたくさんあるのですが、失敗した事例についての本は少ないんですよね。ましてや挫折した本人が「これが原因で弾けなかった」と書いている本などありません。原因が分かっているなら挫折しませんからね・・・
レッスン室で生徒を観察します。
観察しているうちに、ある傾向がみられました。
頭の中で音名を唱えて演奏している生徒の場合は、私が
「ここの音はこうしてください。」
と指示すると
「あ、違ってましたね。」
と言ってすぐに直せますし、冒頭に書いたような言葉もあまり出てきませんでした。
頭の中で音名を唱えず弾いている生徒が
「え? 違ってます? どこが?」
と言うことが多く、間違いをすぐに直すことができません。楽器操作に対する客観性も乏しいように思われました。
音名を唱えていないのなら、かえって自分の演奏がよく聞こえるような気がしますが、どうもそうでは無いようです。
自分の弾いた音を聞いて判断しているのでなければ、どういう認識でもって弾いているのでしょう・・・
その答えは、ある日、思いがけず得られました。
ある生徒さんがこう言ったのです。
「せんせいは、どうして楽譜に歌詞を書いてくださらないのですか。」
「歌詞・・・とは?」
「歌の感じが分かればすぐに弾けるじゃないですか」
「歌の感じ・・・とは?」
「歌いながら弾くとうまく弾けるんです」
「それだあー!!!」
「はい?!」
「自分の記憶の中の音楽を脳内再生してそれに合わせて弾いとる! 自分の弾いた音じゃなくて、脳内再生されとる音楽を聴いとるんだあー!!」
おった、おった、ほかにも歌詞を書き込んどった人、おったよ! ドレミではなく何故歌詞なのか不思議だったけど、知った曲じゃないと弾けない、元のテンポじゃないと弾けない、ああー、みんな繋がるわい。どれだけ私が言っても音名を唱えてもらえないのも、音の長さの説明をしても「え?」「なんかよくわかんない」って顔をされるのも、なるほど道理ですわい! 音名を唱えていない人にどうやって弾いているのか訊ねると皆が皆「なんとなく」「勘で」「適当に」と答えたのもそういうことかー!!
正直驚きました。 脳内再生した音楽に合わせれば音名が分からなくてもある程度「なんとなく」「勘で」「適当に」弾けるんですね。私には無い能力です(私は聴いてすぐに弾くときにも音名に変換してます。そうしないと弾けないのです)。
おそらく、生まれつきの能力で楽譜が読めなくても弾ける人というのは、神がかり的にこの能力がある人なのでしょう。
しかしこの能力の持ち主の大多数は、演奏が脳内再生している音楽の完全再現とはいかず、脳内再生した音楽を聴いているために自分の出した音までは聴けないから間違えていても分からないし、そもそも間違えている自覚もない、ということのようですね・・・
左手に関しては、指の動きでなんとなく弾いていることが多いようです。右手と音の響きがなんとなく合っていればO.K.という判断をしているので、両手でないと弾けない(左手だけの練習をほとんどしない)のも特徴です。
楽しく弾けているならいいのでは・・・? という考え方もあります
自分の頭の中では「結構上手に弾けてる」という状態になっているのならば、趣味としては問題が無いような気がしてきました。拍子記号の読み方も覚えず何年もレッスンに通っていたあの方もこの方もこのような境地だったのだなと合点しました。これはこれでアリだな、と。(講師としては間違っている演奏に「わあー、じょうずー」と褒めるわけにもいかないので難しい問題ではあります)。
しかし、自分が弾いたものが合っているのかどうか、自分でよく分からない状態を何とかしたい、間違っているかもしれない演奏を人前でしたくない場合は、練習の仕方や練習に対する意識を変える必要があります。
脳内で再生している音楽は止める
自分が弾いたものが合っているかの確認をするためには、演奏中にも自分の演奏をある程度客観的に聴く必要があります。そのためには脳内で再生している音楽を止める必要があります。
自分が脳内で音楽を再生しているかどうか分からないという場合は、演奏中に音名を唱えているか、または鍵盤/ボタンの位置を思い描いているかを観察してください。どちらもしていなければ脳内で音楽を再生している可能性があります。加えて「知っている曲でないと弾けない」「耳で覚えてからでないと弾けない」というのであれば脳内で音楽を再生している可能性はかなり高いでしょう。
止める、ってどうやって?と思われるかもしれませんが、音名を唱えれば頭の中はそちらで忙しくなるので、脳内の音楽再生は止まるはずです。
どうしても音名を唱えられないという方は鍵盤/ボタンの位置を思い描くやり方でやってください。イメージとしては
音名を唱える →テキストでの処理
鍵盤/ボタンの位置を思い描く →映像での処理
です。両方できたら一番よいですが、難しい場合はまずは音名でやってください。
このやり方に替えると自分の耳に自分の演奏が入ってくるので「下手になった!」と感じる方が多いようです。実際は脳内で再生した音楽を聴かなくなっただけで下手になったわけではないのですが。
一旦、今までよりも下手になったと感じたときに、「ああ、本当は弾けなかったんだ、分かっていなかったんだ」と皆さん落ち込まれるのですが、それは客観的に聴けるようになっている証拠です。
録音して聴く
独学の最強ツールは録音機器です。レッスンに通っている方にも録音して自分で確認することをお勧めします。
「下手な演奏を聴きたくない」と言って録音を嫌がる方がたまにいますが、その下手な間違っているかもしれない演奏をずっと続けたらどうなるでしょうか? ここまで読んでくださった懸命な読者の方ならお分かりだと思います。
録音機器については何でもいいです。自分で聴くだけなので、スマホでもテープレコーダーでもICレコーダーでも、ご自分が扱いやすいものを使ってください。
録音して聴くを繰り返しているうちに、段々と演奏中の自分の演奏を客観的に聴くことができるようになってきます。
まとめ
確信を持って弾くためにひつようなちから 3つ
楽譜を読み取るちから(リズム、音名)
楽器操作の知識と技術(鍵盤/ボタンの位置)
客観的に聴いて判断するちから
客観的に聴いて判断するちからを身に付けるために
脳内で再生している音楽は止める
音名を唱えて弾く
録音して聴く
アコーディオン練習の流れ(私の教室の場合)
「読めない」は「弾けない」、「読める」は「やがて弾ける」‐音名編
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